Hisashi Shirahama Official Blog


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2015.04.18 Saturday

エッセイ掲載

JUGEMテーマ:ふるさと


今朝の西日本新聞の朝刊文化面

僕のエッセイと岡野雄一さんのイラストが掲載された

明日は家の内覧があるためゆっくり新聞読んでる暇もなく・・・

6時起きで大掃除

家の外回りの草むしりから床の雑巾がけ

窓拭きまでやった

別に今更綺麗にしたところで高く売れるわけぢゃないんだろーけど

遠方から足を運んでくれた人をもてなす気持ちを忘れたくはない


石垣の草むしりやってたら御近所の方々が次々にやってきた

オフクロの遺影に記事を見せながらホロホロ泣きんしゃる

おいおい、ついこっちまで涙腺緩んでしまうぢゃないか!

筍ばーちゃんもやって来た

「白浜さん(オフクロのこと)、良かったねぇ。名前まで出とうばい」

オフクロの一周忌からちょうど1ヶ月になる


↑岡野さんの画、相変わらず素晴らしいなぁ・・・


5月15日(金)「小山卓治ソロライヴ New Days “078”」 at 下北沢 MOSAiC
ギターで参加します(詳細


2014.03.23 Sunday

幻の原稿!?

JUGEMテーマ:介護


昨秋に西日本新聞から

「介護とロックについて書いてくれ」

との依頼があったんだが

書き終えた頃母親が末期癌であることが判明し

結局ポール・マッカートニーのコンサート・レビューに差し替えられたとゆーことがあった

せっかくだから幻となった原稿を紹介しておこう


介護とロックのビミョーな関係!?

 僕がこの世に生を受けたのは1957年。
プレスリーが主演映画「監獄ロック」で同タイトルソングを唄って大ヒットした年だ。
母は大正が昭和に変わる年に鹿児島で生まれた。
俗にいう薩摩おごじょ、今年で88になる。
幸い認知症とは無縁だったが80過ぎて発症した癌で腎臓を一個と直腸を失った。
一人でベッドから起きるのも難儀していたにも関わらず施設に入るのを頑なに拒み続け、
自宅で人生を終える事を強く望んで現在に至る。
県内に住む僕の兄は頑なに反対したが僕は本人の希望通りにさせたいと思い、
ノートパソコンに仕事用のソフトを移して半ば休暇気分で帰省介護を始めたというわけだ。
2〜3ヶ月介護しては東京に戻り東京での仕事を片付けてはまたこっちに舞い戻るという生活はもう2年近くになる。

 1月、小雪舞う博多に舞い降りた僕がまず最初にしたことは高校時代の友人と連絡をとることだった。
互いの親もよく知っていたし介護についても相談し易かろうと考えたわけだ(案の定見事に皆介護真っ只中だった)。
かくして介護友達、略してカイトモの誕生である。

 正直なところ同居を始めた当初は「長いことないな・・」と8割方諦めていたんだが・・・
せめて今生の景色をその目に焼き付かせてあげようと
クルマの助手席に乗せ連れ出しているうちに徐々に歩けるようになった。
それに呼応して食欲が増し寝付も良くなった。
3ヶ月で体重は3キロも増え、喋るのも億劫そうだった声は大きくなり張りも出てきた。
こうなると本人も目標が出来たのだろう、雨が降ろうがヤリが降ろうが

「車出せ!買い物に行くばい」

とスーパー通いが日課となり手押し車を相棒にだだっ広い売り場を歩き回れるまでに回復。
そうなると今度は身支度や化粧が気になってくるようで

「おい、今日は化粧品買いにコスモスとゆめタウンに行くばい」

という具合にあれよあれよと言う間に元気になってしまった。
かような結果になったのはただただ幸運だったとしか言いようがない。
考え得る要因を強いて幾つか挙げるならば、

第一に当の本人が全くボケていなかったこと。
二つ目にある程度のまとまった期間介護同居出来る親族(僕だ)がいたこと。
第三に昔の仲間達が様々な場面で協力してくれたこと。
そしてもう一つ、以上3つのお陰で僕も母も介護が全く苦にならなかったこと、だ。
止まっていた時計の針がまた動き始めた。

追記:認知症になった親を施設に預けたことに罪悪感を感じているカイトモ、意外と多い。
経済的に可能なのであればプロに任せたほうがお互いにとっていいと僕は思っている。
また嫁に介護を押付けて良い結果が得られるのは希であるように思える。
(「鬼の夫とは暮せても仏の姑とは暮せない」は明言ですね)

 最後に、Rockの命題が時代を映すことにあるのなら
今まさに介護はピッタリのテーマだと思いません?
仕事と子育てと介護を押し付けられた40代主婦の気持ちを代弁する女性ロッカーがいたら是非プロデュースしたいなぁ。

※以上の原稿は2013年11月に書かれたものです



2014.03.23 Sunday

葬儀終えて

JUGEMテーマ:介護



葬儀終えて・・・

ボー然自失

・・・

している場合ぢゃないっ!

御歳をめした茶飲み友達の方々や

葬儀に出られなかった親戚が一目でも、と

連休最終日にやって来る

そして週明けには

各関連機関への様々な届出、手続き

入院費の清算

特に年金についてはさっさと届けないと

振り込まれて受け取った時点で

詐欺罪

これ全てワシ一人でやることに

検事の愚兄は「オレ、忙しくて無理」と(コラ!)

「去年のバイク事故の傷がまだ痛いんよ」(ンなこと知ったことか!)

まぁ、仕方ないか・・・


閑話休題葬儀について

葬儀は故人のためのものか

或いは送り出す遺族のためのものか

まぁ双方が満足すれば万々歳だが

そういかないケースも多々あろう(ウチがそうだった)

母は堅い信仰心を持っていた

その母から生まれた愚兄とワシは

信仰を持っておらず

愚兄にいたってはその職業柄か

地球上の宗教団体全て起訴したいと思っているほどの

コテコテの無神論者

母が最初の危篤に陥った時に二人で葬儀について話し合ったんだが

ワシは故人尊重派

愚兄は遺族のためにあると思っている

「本人の意識は無いんやで。なんせ死んでんだから」

と、こんな調子である

まぁ喪主はアンタやけんそれでもいいばいとゆーことで一度は落ち着いたんだが

葬祭場に行く前に一晩くらい家に連れて帰ろう

・・とゆーワシの意見だけは通させて貰った

で、愚兄が母に付き添っている間に急いで家に戻り

仏間兼寝室の掃除していたら

仏壇から葬式についての遺書が出てきた

どこでどういうふうにやるか

誰を呼ぶか

それはもう事細かに書かれてあった

実は母は生前に葬式について一度兄に話したらしいが

その時大喧嘩したらしく

以来母は葬式については

「ワタシが死んだら葬儀はアンタ達の好きにしていいけんね」

とテキトーなこと言ってカムフラージュしつつ

我々に気付かれないよう詳細な指示書を書き上げ

簡単に見つからない場所にこっそり隠していたのだ

それはあまりに解り難い場所に隠されていたため

生前知人に「アイツラ、見つけられんかも知れん」と漏らしていたそうである

(なんと仏壇の隠し扉の中に巧妙に隠されていた)

それを読んだ愚兄もさすがに無視出来ず

見事に母親の圧勝

遺影の母が「ワシの勝ちやね!」と高笑いしている

お見事!


↑オスカー・ピーターソン「ラウンド・ミッドナイト〜ワルツフォーデビー〜ミスティ」

母は大のジャズファンで・・・とゆーのはウソで

オスカーは母と同じ1925年に生まれている



2014.03.17 Monday

続々々々々々々々々・今夜もホスピス泊です

JUGEMテーマ:介護

↑病室にて PM7:30


今日の福岡は終日初夏並みの暑さで

午前10時、試しに半袖のTシャツでジョギングに出掛けたら・・・

一気に汗が噴き出した

本格的な春到来ぢゃな!



↑画面真ん中に白鷺のカップルがいる

数年前まで赤銅色に染まっていた溜池も去年あたりから随分水質が良くなった

環境基準の見直しがされたようである



↑いつものコース上に沢山落ちていた

何の種だろう?



↑あの日テレ系の番組が過去に来たのかな??

数年前から字が消えかかっていたんだが今日通り掛ったら書き直されていた


ジョギング終えて仕事に取り掛かる前に買い出しに出掛ける

まだ道路工事やっているかなぁ・・・

あの可愛いコはまだいるかなぁ(2日前のブログ参照)

・・と、わざわざ混んでいる道に向かってみると

今日はいないかぁ

しかもガラ空き

もし道路工事の妖精なるものがいるとしたら

彼女がまさにそれだったなぁ

あ、混んでた理由は彼女か!?

彼女に魅了された連中(僕もそうだ)が用も無いのに

あの工事現場に集っていたせいか!?

ストーカーも現れたのかも知れない(あ、オレか!)

残念だなぁ


閑話休題クリミアの住民投票は95%超がロシア編入を支持

元々ウクライナに属する自治区のわけだから

当然ウクライナ国民にも投票権があるわけだが

クーデターで国家の体を成していないからねぇ

ドサクサに紛れて編入決めちゃったクリミアとロシアに

欧米は猛反発

経済制裁発動することになったようだが・・

世界がまた戦争に向かって走り出している



2014.03.16 Sunday

続々々々々々々・ホスピスで過ごす日々

JUGEMテーマ:介護



福岡平尾 AM 7:00 快晴


夜勤の看護婦さん

お早うございます

お疲れ様でした

黒く変色した指先も(チアノーゼだ!)

看護婦さんの手当のお陰で

今朝はすっかり治っていました(凄い!)

どんな処置なのかとゆーと・・・

ホッカイロのようなものを手の下に敷いて温度や指の具合を頻繁にチェック

熱いと無意識に払い除けるから適正温度を維持させるのは大変だろうと思う

個人差があるから最適温度など存在しないだろうし

また眠剤や痛み止めが多いと血圧が下がって症状に拍車をかけるから

ギリギリの量を投与するわけだが

少なければ本人が苦しみだす

それを一晩中チェックしてこれまた最適な分量を決定する

凄い

かくしてまたまた復活した母親であった

ここまでくると・・・

アンタ、よっぽど心残りのことがあるんね!?

まさかワシのことぢゃないよね!??

まぁ兎に角良かった

看護婦さん、有難うございました

そして日勤のスタッフの皆さん

今日も一日宜しくお願い致します


閑話休題昨日の午前中買い物を済ませたんだが

つい道路工事やってる道を通ってしまった

1週間ほど前もそこで渋滞したが

案の定今回も同様だった

だが良い事もあった

そこで交通整理をしている人が

若くてとても美人な女の子だったのだ

通るクルマ一台一台に頭を下げ真っ白な歯を見せて笑顔を向ける

凄い!

ヘルメットとツナギがとても似合っていた

彼女が持つとあの警告灯(と言うのかな?)も

魔法の杖のように見える(残念ながらそれを振っても道路は元通りにならなかったが)

お陰で渋滞くらいでイライラするのがバカらしくなったし

彼女の気持ちに応えるよう今日は安全運転でいこうという気にもなる

凄い!

綺麗で元気な女の子は世界を幸せにする

有難う

とゆーことは不機嫌なブスは世界を不幸にするとゆー理屈になるが・・・

逆もまた真なり

今日一日世界が平和でありますように



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